2008年01月31日

【特報 追う】古代鉄溶かす“熱視線” 福島市でシンポ MSN産経ニュース

製鉄や考古学の専門家が全国から集ったシンポジウム「ふくしま発信!!古代鉄生産の技術」がこのほど、福島市の県文化センターで開かれた。福島県文化振興事業団主催 ...
http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/fukushima/080131/fks0801310300000-n1.htm
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posted by Kumakuma at 21:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 古代以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白いぞ材料は!〜きみだって鉄をつくれる〜資料集
産業技術記念館(名古屋市) 1998.11.22.


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 「第2回たたらサミット」で配布された資料集
 『第2回たたらサミット 「面白いぞ材料は!」〜きみだって鉄をつくれる〜』
 には、次の報告・論文が掲載されています。

「たたら製鉄と玉鋼」木原明(日刀保たたら)
資料1 国の選定保存技術「日刀保たたら」について(財)日本美術刀剣保存協会
資料2 玉鋼(実習使用の材料)について  美術刀剣刀匠技術保存研修会資料
資料3 金母(けら)の生成と炉内温度について  横田たたら研究会資料
   資料4 各種地金素材の作刀鍛錬過程における諸性質の変化
       村川義行(日立金属株式会社冶金研究所)他
資料5たたら火とともに  塩本誠二(さとやま古代たたら倶楽部)
資料6 古代たたら操業による金母(けら)の分析値(組成)
   資料7 東大寺・金剛力士像800年ぶり解体修理陰に横田の玉鋼
                      山陰中央新報 1991.11.8.
資料8 日刀保(につとうほ)たたらと和銑(わずく)について
              (財)日本美術刀剣保存協会 たたら課長 鈴木卓夫
資料9 羽内谷鉱山鉄穴場の概要と本場(比重選鉱場)作業の説明
国際金属歴史会議(1998)フィールドワーク
鉄、千年のいのち  白鷹幸伯(鍛冶師)
資料1〜2 竹中大工道具館での講演録(鍛冶の木)
         ※斧、のみ、鉋、鋸の歴史的な変遷を図にまとめたもの  
資料3 構造材用釘・化粧材用釘
   資料4 朽ち果てぬ鉄を求めて 井垣謙三(東北大学名誉教授・金属工学)
   資料5 鍛冶と和釘に込められた情熱
         著者に聞く 「鉄、千年のいのち」(草思社) 新聞記事
   資料6 奈良薬師寺回廊用くぎの純鉄素材(SLCM 19φ)の製造
                     NKK鋼材技術部次長 城戸弘
別冊資料
古代の鉄にひかれ大工道具を復元
古代の釘と新開発された釘「中央大学学員時報」1998.1.25.
「鉄冶金学の原理」J・Lローゼンホルツ(石山一郎訳)
                        科学主義工学社昭和18年6月
「我が国古代製鉄と日本刀」長谷川熊彦 技術書院 昭和52年12月
「日本刀の科学的研究」俵國一 昭和26年
「たたら製鉄と私」大野兼己(刀匠)     「BOUNDARY」1997.7.
「四万十川の砂鉄を吹く」岡田光紀(高知県中村市)
ドラム缶で作ったタタラ炉
余熱送風式タタラ炉
「小だたらによる銑造り」伊藤重光
「能登黒鐵会第二回たたらサミット資料」(平成10年11月)森川仁久郎
20センチ簡易小形炉
   40センチボイラー管を利用した簡易熔解炉
能登のタタラ吹き
「中学校に於ける鉄造り〜固定たたらから移動たたらへ」中川淳(元中学校技術科教諭)
「中学校における製鉄の授業」
「鉄を造る〜釜石市釜石西中学の記録」(「鉄鋼界」昭和53年3月号)
「鉄を造ろう〜釜石市立釜石第二中学校」
「製鉄(小だたら)のすすめ」
「小型たたら炉による鋼精錬機構」永田和宏
         (「鉄と鋼」Vol.84(1998)No.10 所収)

Posted by 八束農機 at 2008年03月24日 23:08
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興
されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な山陰の青銅器時代がおわり日本海沿岸で四隅突出墳丘墓
が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と
安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと
考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
 西谷は出雲大社に近く、安来は古事記に記されたイザナミの神陵があるので神話との関係にも興味がわいてきます。
Posted by 島根考古学ファン at 2008年11月04日 21:34
そう言えば、安来にはスサノオが建てた須賀社が残っているらしいですね。
Posted by 天海屋 at 2009年07月24日 09:54
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